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歴史

西暦 主な事柄
紀元前
4000年〜3000年
 住居の敷物として羽毛や毛皮、干し草等をしていた。
奈良時代
710年〜794年
 現存する最も古い畳を聖武天皇が使用。
平安時代
794年〜1192年
 畳は権力の象徴だった。
 京都でい草栽培の記録がみえる。
 調庸(中央の租税)に諸国(熊本でも)のい草製品がみられる。
鎌倉時代
1192年

1338年

 武家造り住宅の板の間に円座、畳を局部的に敷いて使用。

 畳を敷き詰めた書院造り住宅ができ始める。
室町時代
1505年

 岩崎主馬忠久、い草を栽培させる。大牟田表の始まりである。
江戸時代
1636年

1750年頃

1856年

 肥後藩 畳表の使用についておふれを出す。

 細川霊感公、い草栽培、製織を奨励する。

 い草栽培地を大牟田、新牟田、上土、新開、下村の五ヶ村に限定。
明治時代
1868年

1876年

1889年

1911年

 い草栽培の自由耕作が許される。

 全国勧業博覧会に有佐(下村)から、い草表1枚、座布団ゴザ2枚を
 出展 。
 八代郡内い草作付け面積44.5町(ha)。

 八代郡内い草作付け面積140ha。
大正時代
1922年

 県下い草作付け面積187.7haで全国4位となり、「八代表」として全国
 的に知られる。
昭和
1928年

1936年


1940年


1954年

1959年

1964年


1968年

1977年

 動力織機(岡山浅越商会で機械化に成功)。

 岡山県より動力織機が導入され、1日20〜30枚の能力と飛躍的な
 発展。

 動力織機が400台となり、戦前の最盛期となる。
 全国7,400ha、生産量79,000トン。

 八代で全国い業者大会、県い業祭、各種競技会を開催。

 畳表加工自動製織機に移行。

 原草が輸入自由化される。
 全国のい草作付け面積が史上最高の12,300haとなる。

 県下い草栽培面積が3,880haで全国1位になる。

 全国のい草栽培面積(9,520ha)の60%を熊本県が占める。
平成
1989年




現在
 

 全国唯一のい草に関する試験研究機関として
 「熊本県農業研究センターい業研究所」が八代郡鏡町に発足。



 現存する畳表手織り織機が少なくなり、織れる人も少なくなって
 いる。