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熊本県い業概要

 熊本県におけるい業の歴史は古く、1505年、八代郡千丁町太牟田上土城主、岩崎主馬守忠久公が領内の古閑渕前にいぐさを栽培させ、特別の保護のもとに奨励したのが始まりといわれています。
 宝暦年間(1750年代)細川霊感公が栽培と製織を奨励された記録もありますが、明治維新前までは「お止草」として太牟田・新牟田・上土・新開・下村の五つの村に栽培が限られていました。
 太牟田表・八代表・肥後表と変わり幾多の困難をのりこえながら地場産業として定着し、八代地方を中心に宇城・球磨地方でめざましい発展をとげ、今日では日本一の生産高を誇る「くまもと畳表」の生産地に成長しました。
 しかしながら、近年、中国からの畳表の輸入が急増したことから、生産農家、作付面積が大幅に減少しております。産地では現在、中国産に対抗し、国際競争力のある産地の再構築を図るために、優良品種「ひのみどり」の生産拡大を柱とした産地の構造改革を進めているところです。

●いぐさ栽培面積の推移グラフ こちら

●いぐさ栽培農家戸数の推移グラフ こちら